ようやく本当の自分に

埼玉大倫理委 性転換手術承認

自分の性に違和感を抱く性同一性障害の治療法として埼玉医科大が12日、承認した性転換手術。「望みの性で生きたい」と、この日を待ちわびた人々にとっては大きな朗報となった。アジア各国や欧米で認められている性転換手術だが、わが国では旧優生保護法(母体保護法)の壁で長年タブー視されてきた。患者らは周囲の無理解や偏見に悩んできただけに、埼玉医科大の手術承認を一様に歓迎している。

女性の体に生まれながら、社会的には男性として暮らす神奈川県のフリーライター(40)は「やっと手術が受けられる」と感慨もひとしお。

「女」の肉体のまま生きられるかどうかを試すために結婚。30代で出産したが、それでも自分は「男」であると確信し、出産直後に離婚した。これまで「男親」として一人息子を育ててきた。ホルモン投与を続け、筋肉も声質も男性に変わってはいるが、残る女性器に違和感があり「早く手術を受けたい」と話す。この人によると、海外での手術は経済的にも精神的にも負担が大きく、技術面にも不安が残るという。「あとは肉体の変更に合わせ、戸籍変更ができれば」と、法律面の整備を訴えている。

患者ら一様に歓迎

無理解や偏見に悩み続け

男性への性転換を希望する都内の女子大生(23)も、「うれしい。これで自分が、『おかしい』と思わずにすむ」と、正当な医療行為として手術が行われることに、感激の声をあげる。

性同一性障害をもつ人は偏見や差別を恐れ、家族や親しい友人にも「本当の自分」を隠し、苦しむ人も多い。しかも、体と違う「性」で暮らせば、字校でのいじめや就職・雇用差別など厳しい現実が待ち受け、水商売を余儀なくされる人も多い。

女子大生は「これをきっかけに、自分の心を隠さず普通に生きられる社会になれば」と話している。

カルーセル麻紀さん「私も市民権得られた」

タイや台湾などアジア諸国や欧米では、性転換手術は普通の医療行為として定着している。

一方、わが国では昭和44年、男から女への性転換手術を営利目的に実施した産婦人科医が優生保護法に違反するとして、有罪判決を受けて以来タブー視されてきた。

25年前にモロッコで男から女への性転換手術を受けたタレントのカルーセル麻紀さんは「遅かったわね」とひと言。当時は違法行為にあたるかもしれない国内での手術を断念した苦い経験を振り返り、「日本も進歩したわ。これで私も市民権が得られたのね」と話している。

米国の研究では、この障害をもつ人は数万人に1人ともいわれ、日本でも数千人の患者が存在することになる。

しかし、他の病気と違って治療や相談窓口の情報がほとんどないのが現状。埼玉医科大が昨年1月に開設した国内で唯一性同一性障害を専門にする「ジェンダークリニック」には約150人が来院している。

職場では戸籍通りの女、私的な生活は男という二重生活を送る都内の会社員(33)は埼玉医科大の決定を知って、「これで、やっと本当の人生が手に入る」とつぶやいた。

独自の指針検討

日本形成外科学会理事長の波利井滑紀・束大教授の話 「本人が希望しているとはいえ、性転換手術には、倫理上の観点から問題もある。形成外科学会としては、各大学の倫理委員会が十分な検討をしたうえで実施するなら問題はないと考える。ただ、一般の開業美容外科医にも安易に広がる懸念があるので、歯止めの意味からも学会として独自のガイドラインを検討している」

戸籍問題に糸口

性同一性障害患者のサポートグループ「FTM日本」代表で著述業、虎井まさ衛さん(34)の話 「やっと手術承認にこぎつけたが、人生をさらに充実させるには反対の性での戸籍取得など法改正に向けた動きも併せて必要。手術は、私など外国で手術を受けた者も含め、こうした問題の解決に糸口を与えるものとなるだろう」

手術は第一歩、フォロー必要

視点

埼玉医科大倫理委が手術を承認した女性患者(30)は長年、精神面のカウンセリングやホルモン治療などを継続したが、一貫して「自分は男である」との認識は変わらなかった。そのことが心身の性を一致させる最終的な治療手段として性転換手術の実施を決める大きな要因となったようだ。

性転換手術は「確立した技術を人間の幸福のためにどう使うか」という医療の新分野への挑戦でもあり、先瑞医療など、いわば機能回復の追求だけが医療ではないことを示しているともいえる。

だが、性転換を強く望む人々にとって手術は第一歩でしかない。術後の生活を充実させるためには、望む性別での進学・就職・結婚などを可能とするための戸籍の性別変更に向けた活動のサポートがなくてはならない。また前段階として、パスポートや公式文書の名前を望む性にふさわしい呼び名に変えるなどのフォローが必要だ。

埼玉医科大倫理委員会の山内俊雄委員長は「戸籍の性別変更などの法律的な問題は手術の事例を積み重ねる中で検討されていくはずだ」という。が、その間、手術を受けた人々は手術は成功したものの、中途半端な性のままで生活をひきずることになってしまうという懸念はぬぐえない。

何をもって「転換手術」の成功と判断するのか。医療行為だけが安易に先行するだけでは一個人の幸福は実現できない。人間の生き方と手段としての医療とのかかわりを今一度、考え直す時期でもある

1998/5/13
産経新聞
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