本来の性に戻りたいだけ
埼玉医大委「性転換」承認
もしも、体と心が「違う性」だったら……。
違和感を解消したいと願う人たちへの一つの回答が12日、埼玉医大倫理委員会によって示された。性同一性障害と診断され、最終的な治療としての手段なら、性転換手術を認めようという判断だ。「待ち望んでいた」と喜ぶ患者らがいる一方で、専門家からは乱用を戒める慎重論も聞こえる。性は単純に割り切れるものではない。手術が社会的に認知されるためには、医療面だけでなく、戸籍や性教育、周囲の理解など、さまざまな場で意識の変化が求められることになりそうだ。
手術第一号候補の30代「女性」
スカート嫌「結婚、女性と」
「なぜ手術したいの、と聞かれるたびに戸惑います。本来の性を取り戻したいだけなのだから……」
医科大学が承認する性転換手術第一号になるとみられるのは、東北地方に住む30歳代の「女性」患者だ。6年ほど前、埼玉医大側に直接かけ合って手術を申し込んだことが、公認の動きのきっかけになった。
今回、手術に向けて事実上のゴーサインが出たことについて「17歳の時から手術を望んでいました。うれしさと、とにかく早くして欲しいという気持ち、本当にうまくいくのかなという不安が、入り交じっています」と話す。物心がついたころから、女性の体であることが「借り物」のような違和感を覚え、中学や高校では制服のスカートが苦痛だった。
高校卒業後、女性として働いた時期もあったが、スカートや化粧を強制されそうになって辞め、男性として職を見つけても戸籍謄本などを提出させられそうになると辞めた。
15回ほどの転職の末、今は建設現場で働く。証明書などは求められないものの、社会保険がない不安定な身分だ。最近は男性ホルモンを定期的に注射しており、ヒゲが濃くなり、声も低くなった。女性とみられることはあまりないが「周囲の偏見から逃れるため、ばれたら大変だと思うと、生きた心地がしない」という。
「体と心が合わないだけだから、病気と診断されることや特殊な人間とみられることに抵抗がある。社会の理解が欲しい」
将来は、女性と結婚したい、と思っている。
「人生変わった」 米で手術の「男性」
「日本で手術が実現するのをずっと待っていた。やったあという感じです」1987年から89年にかけて米国で性転換手術を受けた、著述業の虎井まさ衛さん(34)=ペンネーム=は素直に喜ぶ。
虎井さんも、「女」から「男」になった。医者から米国の団体を紹介され、大学卒業直後に渡米。カウンセリングを受けたうえでまず上半身、次に下半身の手術をした。費用は計600万円ほどかかった。
自分は手術後、人生が変わった。満足している。成功例が続けば社会的に認知され、いずれは戸籍の男女変更の動きも出てくるでしょう」と期待している。
戸籍、「旧性」のまま 「人体改造」乱用の恐れ
・法的な「性」
戸籍法は事実上、性別の変更を認めておらず、性転換手術を受けても、法的には「旧性」が残る。このため病院での診察や就職などの際に不都合が起きたり、社会的な差別や偏見を受けたりする恐れがある。
欧米では、性同一性障害などの人の性別変更を認める国もある。しかし、法務省民事局第二課は「生物学上の性は変わるはずがないというのが社会理念。性転換手術をして性が本当に変わったといえるのか、議論の余地がある」という。
医療・生命倫理に詳しいノンフィクション作家、中島みちさんは「生き死にの問題への対応は別にして、価値観は多様であっていいので、手術そのものには反対しない。だからといって、手術を受けた人について、社会規範的にも法的にも別の性になったと認めない状況で、大学の倫理委がいま、承認できる問題とは思わない」と疑問を投げかける。
・性別の認織
生物学的な性はXX(女性)、XY(男性)という性染色体の違いで決まるとされる。しかし、自分の性をどう認識するか、一致しない場合がある。順天堂大学の新井康允教授(神経内分泌学)は「脳による性別認識は必ずしも染色体では決まらないことが分かってきた」と指摘する「性同一性障害の原因が解明されていない今、性転換技術は患者を救う有効な手だての一つだろう。ただ、脳の性分化の基礎的な研究をさらに進める必要がある」と話す。
・相談200人
埼玉医大ジェンダークリニック委員会の原科孝雄教授のもとには、これまでに200人近くから相談があったという。しかし、手術まで検討する真性の性転換症と見られる人は10人に満たない。原科教授は「手術すればすべてが解決するというのは幻想」と話す。
厚生省精神保健福祉課は当面、埼玉医大の性転換治療を慎重に見守る構えでいる。しかし、他の医療機関への広がりについては、「診断や治療には高い専門性と倫理性が必要。学会の指針などに照らして、患者に著しい不利益が生じれば、母体保護法違反も検討する」と話す。
徳山大の粟屋剛教授(医事法社会学)は、失われた機能を取り戻すための医療から一歩踏み出した「積極的な人体改造時代の幕開け」と見る。新たな医療が新たな需要を呼び、手術が美容形成感覚で乱用される恐れがあると心配する。「市場原理のもとで、倫理は弱い。性転換治療が適切な医療としてなされるためには、法規制が急務だ」と警告している。
1998/5/13
朝日新聞
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